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ポケモンだいすき同人女の話です。

食事中にスマホを触ることって本当に悪いのか?(あたりまえ体操)

 食事中にスマホでもガラケーでもなんでも触るのは行儀が悪いっていうのはわかる、あまり異論のない意見だと思う。

 でも会社の昼休みとか周りを見渡すと案外みんなお弁当を食べながらスマホをいじったりパソコンしたりしている。そういう人っていつでもどこでもそうなんだろうか、と思うのはちょっと違っていて、そういう「食事の最中にスマホをいじる」人たちと一緒に外食したりするとほとんどと言っていいほどスマホをいじらない。触っても食事の前にご飯の写真を撮るくらいだった。なんでだろう?

 誰かと一緒に食事をするときは誰かとワイワイ話しながら食べるときだ。喋らなくても、一緒の時間を共有する時だ。そんなときに一人だけスマホをいじってるのってそれこそルール違反を感じる。食事の時だけじゃなくて、誰かといるときにその誰かといる時間を大切にせずにスマホをいじっているのはやっぱりその誰かに失礼だし、それが「スマホばかりいじっている人はマナーが悪い」に繋がっているのかなと思った。

 食事の時にスマホをいじるのは行儀が悪いというのはどこから来るのか?を総括すると、「食事(他人がいる場)でスマホをいじるのは食べ物(相手)に失礼」だから「行儀が悪い」ということになるんじゃないか。

 

 そんな当たり前なことは大体の人が分かっているはず、じゃあ次は、なんでうちの職場の人は食べ「ながらスマホ」をするのか。

 まず食事に専念できる「食事の時間」と時間の限られている「職場の休憩時間」を比べてみようと思う。「食事の時間」では食べることが目的の時間なのでながらスマホはただ行儀の悪い人ということになるけれど、「職場での休憩時間」は「食事」だけではなく「連絡」だったり「息抜き」だったりをする時間として取られている限りのある時間だ。

 「職場の休憩時間」は「食事」だけに専念できない。時間に追われているので「食事」を取りながら「息抜き」のためにスマホをいじったり、「食事」しながらスマホで「連絡」したり、ながらスマホが横行するわけだ。

 なんならそういう人たちの中には「食事」をしながらツイッターLINEとかで「会話」を楽しんでいたりする。それは文明の利器が我々に与えてくれた「遠くの人と一緒に食事をする時間」なのではないか。

 そうすると、一概に食事するときにスマホをいじる人は行儀が悪いと言えなくなってきている。

 なので、私は、スマホをしながら食事するのが悪い、のではなくスマホをすることで何かに対しての敬意が損なわれることが悪い」のではないかと思った。それが対人への敬意であれ・対食事であれ、そこは人それぞれの優先順位と価値観の違いが出てくるところかと思うけれど。

 

 そんなことをふと思ったりした。「〇〇は絶対ダメ!だから〇〇する人も自分の倫理観が許せない!」と思ったことも、「なぜダメだと感じたのか?」を突き詰めて行くと「〇〇する人はダメ」ではなく「〇〇は××だからダメ」つまり「××がダメ」だ、ともっと詳細化できる。詳細化していったものは徐々に〇〇する人はダメといった、大枠で捉えていたものを見直す結果になり、〇〇する人はまだ大丈夫、でも××を許すことは自分の根幹を揺るがすことだ、っていう風な感じに「許せる人の範囲が広がって行くんじゃないだろうか」

 自分の芯って大事だ、根幹って、本当に譲ってはいけないものってとてもその人にとって大切な部分だと思う。でもその捉え方が大枠すぎると人とぶつかりやすくなる。人を変えることってなかなかできない、だから自分が変わる必要がある、でも変わることってなかなかできない。なら、今回のブログで書いた思考みたいに自分を突き詰めてみると、逆に世界が広がることってあるんじゃないだろうか。突き詰めすぎて「自分はこんな人間だから仕方ない」と諦めてそれを周りに求めるのはちょっと違っているのであぶないことかもしれないけれど、それでも。

 自分を・自分の思考のルーツを知ることが周りを知る一番の近道だ、と私は思う。

 ただし自分だけになっちゃダメだ、自分だけだと行き詰まってしまう。行き詰まったときは意識して周りを見渡してみるといい、そうするとなんとなく心が晴れ晴れするから。