KOI

ポケモンだいすき同人女の話です。

長年のコナンファンに嫉妬し羨望する

 名探偵コナンの映画を観てきた。「から紅のラブレター」、超良かった。

 以降、バレを気にせず話をするのでまだ見てない人は読まないでください。

 

 

 

 

  平次かっこ良かったし和葉は可愛かったしコナン(新一)もかっこ良かったし蘭が可愛くて何より紅葉が美しくて気高くてかっこ可愛かった。序盤で平次のコナンへの信頼が、終盤のコナンからの平次への信頼という形で返っていたのがとても良かったし、とにかく本当に平次がかっこ良かったけど、なんやねんあいつ本当はよくっつけや

 新一でさえ蘭に(回りくどいきざな言い方だけど)告白してんのに平次はほんとダメ、ほんとにダメ男、ムズムズする、なんやねんあいつ。超かっこいい・・・(ダメだ)

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 <!--  コナン知ってる人は読まなくていいです 

 本題なのですが、赤井秀一という男がいまして、原作者ブルーマウンテンGOSHOWの推しでして、こんな男いたらかっこいいなーというロマンを詰め込んだ男がおりました。そのロマンの塊の一人が新一や平次だったりもするのですが、彼らにはついになるいわゆるヒロインがいまして、蘭や和葉なんですけど、ヒロインも「こんな女の子好きだなー」ってちょっと気が強いけど好きな人にはまっすぐななかなか素直になれないヒロインで。園子と京極さんはちょっとイレギュラーだけどこれもまたカップルとしてうまくいっているわけで。

 話を戻すと赤井秀一は「かっこいいロマン」を詰め込んだ男だったけど長年唯一対となるキャラクターがいなかった。明美さんやジョディとか女の影はあるけれど、「対」ではなかった。そこからなんやかんやで赤井秀一は超かっこよく死んでしまいなんやかんやで超かっこいい隠みのに隠れなんやかんやで超かっこいい隠みののはがれ方をして(コナン20周年作品の映画でネタバレだった)なんやかんやで本編に復活したわけで、原作者がチョーーーーーかっこいい(ちょっとやばい匂いのするくらいかっこいい)男が完成したわけだった。その男が映画で活躍したのが昨年の2016年、映画コナン20周年作品の「純黒のナイトメア」だった。

 その作品に出てきたもう一人の男がいる、その男は安室と言っていわゆる赤井秀一の「対」になる男だった。登場は「プライベートアイ」という話で、その後毛利探偵所のしたのポアロでバイトをする自称探偵見習いの怪しいフリーターだった。それからも後々明かされてくるんだけど、なんやかんやあり赤井秀一に執着しておりなんやかんやあり赤井秀一の正体を本編で暴き出しなんやかんやで赤井秀一と確執を持ったキャラクターだ。因縁があるのもそのはず、赤井と安室の名前の由来はかの有名なガンダムで原作者の大好きな「赤い彗星のシャア」と「アムロ・レイ」で声優も一緒、力を持ったガノタが推しを自分の作品内で再開させたとかいう最強の強さを見せつけられている。

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 私はその映画を通してその二人を知って、コナンって面白いじゃん!!!!って気づいて絵茶とかに参加したりして長年のファンたちとたまたま交流を持てて、今でも細く長く続いてるわけなんだけど。その人たちは赤井と安室を、正体不明の頃から追ってきた長年のコナファンで、コナンと一緒に生きてきた?のか詳しくは知らないけどコナンの山あり谷ありのストーリーを「リアルタイムで追ってきて」今の今までずーっと好きで、そうしたら20周年作品で推しが観覧車の上でボクシングとジークンドーで戦った。そうしたら急にファンが増えた。何が何やらだろうけど、今年の映画の終わりの、2018年コナン映画予告で「安室透」が主役?のような音声が流れた。

 は?何?前はちっちゃいガチャガチャでグッズが出て喜んでたくさんガチャガチャしてたのにぬいぐるみが出て主演の映画が出てグッズが出てムックが出てフィギュアが出てよくわからないけど一年が過ぎ、今年の映画も楽しみ!って見に行って面白かった〜って見終わったら「推し」が次の映画の主役らしい情報が出たと。

 

 何それ、本当に羨ましい。

 

 私はコナンと少年少女時代を一緒に過ごさなかった。映画もアニメも漫画も読まなかった、理由は「人が死ぬのは嫌だ」ったから。それで今大人になってふとしたきっかけで映画を見に行ったら作品の初期から綿密に作り込まれた世界観にのめりこんでしまい、お金はないけどちょっとずつ単行本を買い集め、映画を見て、アニメをシリーズ物は見て・・を繰り返しゆっくり過去の遺産を鑑賞している。正直、チョーーーー楽しい、楽しいけど、この「一人の作者が絶対芯として作り上げている」「綿密な世界」リアルタイムで楽しんでいた「長年のコナンファン」の事が本当に羨ましくてたまらない。

 特に赤井秀一と安室透が好きだったファンのことが羨ましくてたまらない。

 山あり谷ありあって今、最高に幸せで、来年の主役らしいと情報が出て、本編でも何か物語が動いていくのだろう、というワクワク感を私でさえ感じているのに長年のファンはどれほどワクワクしてるんだろう、って、思うと、ほんっッッッットーーーーーに羨ましい。

 

 

 私が少年少女時代を過ごしたのはポケットモンスターだった。なので今でもポケモンはなんだかんだありつつも一番好きなゲームで、色褪せない冒険の思い出だ。大人になって製作陣の素晴らしさを知って、意図を汲み取ることができるようになってきて、冒険だけではなくストーリーも楽しめるようになり、ゲームだけでなく連動しているアニメも楽しんで、世界が格段に広がった。

 なんだかんだありつつもっていうのは主にアニメのことなんだけど、ダイパまで続いた13年の旅がちょっとなかったことにされかけた瞬間とかあったように見せかけて脚本家のオモ・・・・・(私が個人的に思うところがたくさんある人)はキャラを魅せるために他のキャラを土台にするだとか、好きだった部分が時代の流れとともにないがしろにされてしまうようで悲しかったりなんだったりあったけどでもやっぱりポケモンを一生懸命作っているオトナの事は皆好きになりたいし、ポケットモンスターという世界とそれを作ったオトナたちの世界のことも大好きになって、取り巻く環境も含めて好きになりたい。好きというより、信頼してその人たちの紡ぎだす物語を受け入れたいという気持ちになった。今度の映画がいくら過去改変かもだと言っても見てみないとわからないし、作られた作品には命が吹き込まれているからそれを真正面から受け取って自分の中に何かを探したいと思う。それでいいと私は思ってるし、自己完結している。

 

 それでもドーーーーーーーーーーーーッしてもやっぱりコナンの長年のファンに憧れ羨望の目で見てしまうのは製作者の根本が「個人」か「複数人」かの違いかと思われる。

 「個人」ならその「個人」の作る意図を汲み取れば良いけれど「複数人」であればそれだけの作り手側の解釈がある。その分世界観が立体的になるかもしれない、とかそういう利点はあるかもしれないけれど意図を汲み取るのは格段に難しくなる。そこにオトナの事情で「興行収入」とか「視聴率」とか「売り上げ」とか「ミリオンセラー」とかそういう様々な「周りの世界」がついてくるとなおさらに。

 映画に関してだけ言うと、安定力はコナンの方が上だし、ポケモンは年々右肩下がりの事実がある。冒険するポケモンと、安定のコナン、その根本はやっぱり「個人」と「複数人」の違いもあるんだろうなあ、って思うんだよなあ。(コナンの映画が「複数人」でたくさんのスタッフが関わって出来上がっているのは知っているけれど、かなり「個人」である原作者のリテイクが入っている話を聞いているのでこう感じました。)

 

 「作品を愛したい、作品の製作者を愛したい、製作者を取り巻く環境を愛したい、取り巻く環境の蠢きを楽しみたい。」

 今の私の作品の楽しみ方は大きくなりすぎてしまったこれなんだけど、諸行無常の楽しみもあれば凛とした芯を見つめる楽しさもある。私は凛とした芯を見つめる楽しさを今、コナンを通して知ったので、その楽しさを昔からいつの間にか知っているコナンファンが羨ましいのかなあ〜?と思った。

 

 ファンはこじらすとめんどくさいね、ちなみに作品を比較してどっちかをdisしたりする意図の話ではないです。私の言葉足らずでそういう捉え方をした人がいたらここで謝っておきます、すみませんでした。ここまでダラダラと読んでくれてありがとね、おやすみ!

 風呂入れよ!歯みがけよ!風邪引くなよ!コナン読めよ!