KOI

ポケモンだいすき同人女の話です。

社会人を半年してみて感じたこと。

 リアルが充実している。

 リア充とかオタ充とかそういうのではなく、本当にそのままの意味で日常が充実しすぎていて今まで趣味だったお絵かきだったりピアノを弾いたりだったりが少なくなった。

 趣味が趣味じゃなくなったのではなく、正しくは日常の濃密さに押し出されてしまった要素「趣味だった」ものになっただけで、以前は趣味も日常の1ピースだった。

 

 

 私の最近のルーティンは、

 朝7時半に起きて即代謝サプリを飲む。そこから30分以内にジムと会社へ行く準備をして(といっても通勤用リュックの中に全て入っているので、持って行くものの確認くらいだけど)ジムへ向かう。8時ちょい過ぎくらいにジムに着いて運動着に着替えてから筋トレ20分・RPMを残り時間10~30分回し続ける。9時ごろにはストレッチをしてクールダウン、モーニング会員終了時間の10時までお風呂に入ったりサウナに入ったりスキンケアをしたりして過ごす。それから出社する。

 

 ジムから駅まで徒歩2分、電車で13分、駅から会社まで徒歩で5分。だいたい10時半~11時には出社する。

 

 仕事を始めて半年が経ち、内容はwebデザインだけではなくコーディングやイラストまで幅広く任せられるようになり、最近タスク管理のアプリを入れたのもあって複数のタスクも難なくこなせるようになってきた。

 最近先輩との関わり合いが急に減ったので「もしかして何かやらかしてしまっただろうか…」と悩んだ時期もあったけど、思えば先輩は4月からの新人につきっきりで指導しているし、逆に私はクライアントと直接コンタクトをとったりプログラマーさんと直接話し合って仕事を進めるように指示されることが増えてきた。今までは先輩の監修を受けて社内リテイクをたくさん受けてからクライアントに提出していたが、そのクッションがなくなった。先輩は特に何も言わないのでちょっとまだ怖いけれど、もしかしてプチ一人前認定されたのかもしれない!それに気づいたら少し気持ちが楽になった。

 

 そんなこんなのなんだかんだで仕事は順調なようで、退社は19時頃。帰ってくるのは20時ちょっと前。晩御飯や翌日のお弁当のおかずを作りながらS氏の帰り(だいたい21時)を待って、帰ってきたら一緒に晩御飯を食べて、パジャマに着替えて顔を洗って22時くらいになる。

 明日も早いし特別「やらなければならないこと」もないし、新しく「何かをやろう」と思いつく気力も消費しきっているので、寝るか~となって1日が終わる。

 寝て起きたら朝で7時半に起きて・・を5日間繰り返す。

 

そういえば・・・ 

 学生の頃って繰り返す日々が面白くなくて、ちょっとでも変化を与えようとちょっと無理してでも絵を描く時間や動画を見る時間・ゲームをする時間を取っていたけれど、社会人になったら繰り返す日々の中でも仕事というやりがいが毎日の中にあるので行動パターンに変化がなくても毎日が楽しい。仕事以外だと、ジムで「汗を流す」という明確な目的に向かって行動をしていて、毎日ちょっとずつ成果が出ているのがわかるので、それも「繰り返す日々をこなすモチベーション」に繋がっているような気がする。

 

 土日はやはりジムには行けなくても少しでも身体を動かしたいのでウォーキングがてらポケモンGOをしに公園めぐりをしている。そうすると、空気や景色も楽しめるようになってきて、公園ごとにポケモンと一緒の記念写真も取るようになった。学生の時は「物語に想いを馳せて妄想」をしていたけれど、最近はポケモンと日常の写真の中のストーリーを妄想」するようになった。逆に「物語に想いを馳せて妄想」することは「やろう!」と思って時間を取らないとできなくなったし、イベントで本を出すための「作業時間に含まれる妄想」に変化していった

 土日のどちらかは一日家で休養するようにしているのだけど、その時に日常から押し出されてしまった「絵を描く時間」「動画を見る時間」「ゲームをする時間」を、やることがなくて暇だからダラダラするためにするようになった。大きすぎる変化だと自分では思う。学生の時は休日でも勉強が追いついていなかったので、少しの休息に趣味を楽しんでいたのだけど、社会人になったらそもそもの時間の使い方が違うのだなあと感じるばかりだ。

 私は、社会人になっても日常の中に同人活動が含まれる人たちの日常の許容量の大きさには驚かされるばかりです。

 

社会人と学生と時間と経験の話

 「社会人になったら〇〇ができなくなった」を「社会人は時間が捻出できないから~」とか「仕事で気力を使い果たして家では抜け殻~」とかの理由にしているのは「〇〇に対する熱意が足りていないから」だ、という学生の意見を見たことがある。

 

 だけど、そもそも根本的に、「仕事をしている」「一人暮らし」の「人間」の「時間の使い方」と「気力の配分」は確実に「実家」で「学生」をしていた時とは違うなあ~と実感した(私の話です)。そこに「結婚している/いない」「子供がいる/いない」「実家暮らしである/ない」という様々な要素が関係してきて人それぞれのライフスタイルを構築していくのだろう。

 それぞれの人間は置かれている状況が全く違うので、それが人間の豊かさに繋がっているのだろうし、想像しきれない範囲のことだと思う。なので、「熱意が足りないことの言い訳に社会人であることを使うな」という、極端だろうけど、そういう想像の余地を感じない意見はいかがなものかなあとか今ふと思い出してかいてみた。

 

 人間は経験で成長する。経験を通じて自分の中の「人間」を膨らませていき、「思考」して「取捨選択」をして形成されていく。

 安定した生活も、ちょっとした刺激も、人生におけるものはなんでも(いやなこともあるけれど)自分の経験で、無駄になるかならないかは自分次第で、自己責任で。そこに意義を見出して、そのために歳を重ねるのも悪くないなあと感じた。